VRの現在地 ~MIPTV視察報告~

フランス・カンヌで毎年開催される春の「MIPTV」と秋の「MIPCOM」。「MIP」とは世界最大規模の国際テレビ番組見本市で、世界中から番組のバイヤーが集まって各国のテレビ番組などのコンテンツを売買する一大イベントなんです。
今年の「MIPTV」は4月9日から12日に開催され、ビジネスミーティングとともに会場内でカンファレンスやセッションが多数設けられ、テレビ業界の流行りやコンテンツビジネスの潮流などが話されました。今年からドラマの国際コンクール「CANNESERIES (カンヌシリーズ)」も同時に開催されて、まるでカンヌ映画祭のようにピンクカーペットの上をスターたちが歩き、多くの一般の観客が会場を取り囲んでとても盛り上がっていました。

NHK/NEPブース

NEPはドラマやドキュメンタリー、アニメーションなど多様なジャンルのNHK番組を海外の放送局や配給会社に販売しています。また、世界中から選りすぐった映像コンテンツを購入し、NHKをはじめ国内の様々なメディアに販売しています。NEPにとって「MIP」はとても大きなビジネスイベントになっているのです。

そんな見どころ満載の「MIP」で、今回の話題となっていたのは「4K」「VR」をテーマにしたカンファレンスです。その様子を簡単ですが報告します。

「4K」とは現在のHDテレビの4倍の画素数をもつテレビ方式のことで、世界ではすでに120局以上のテレビ局やケーブルテレビ、通信事業者などが放送を開始しているという調査結果が報告されていました。日本でも4K・8Kの試験放送を行っています。そのような世界的な流れが紹介されるとともに、4Kがどんな番組に向いているのか、ドキュメンタリーを4Kで制作した効果などの話が多くされていました。また「4K」制作がだいぶこなれてきており、これからはきれいな映像だけでなく、ストーリーやドラマ性が大事であると多くの参加者が話していました。

NHKによる4K/8K制作の紹介

NHKやNEPは「8K(4Kよりさらに4倍の画素数で、現在のHDテレビの16倍になります!)」の番組制作をすでに行っていますので、今回NHKの担当者は当社が制作した「サカナクション・ライブ」などの紹介をしつつ、「8K」の高画質と「22.2ch」の立体音響のすばらしさを説明しました。

一方、「VR(バーチャルリアリティー)」については次世代技術的な位置づけで議論され、カンファレンス会場が常に満員になるほどで、参加者の関心の高さがうかがえます。MIPで話されていた「VR」は、ほぼすべて「ヘッドマウントディスプレー(HMD)」を使用したバーチャルリアリティーで、今年は安価で性能が良いヘッドセットが発売されるので、今年から来年にかけて爆発的にVRが普及するのではないかというような話がされていました。

VRヘッドセットを使った事例の紹介

皆さんはVRヘッドセットを利用したことありますか?
装着すると360度自由に見回せる装置で、ダンボールで作ったスマートフォンとメガネを一体化させたような安価なものから、パソコンで制御する高価なものまで、多数の製品が売り出されています。しかし、やはり実際に目で見るときの見え方と違い、「VR酔い」と言われるように気分が悪くなる方もいたりと、まだまだ一般化されていないことは事実だと思います。

ヘッドセットをつけたVRの世界では、今までゲームを中心に議論がされてきましたが、今年はVRの映像商品、いわゆるシネマティックVRがゲームを超えるのではないかという予想がされていました。ヘッドセットをつけて見る番組やドラマ、映画について、どのように制作したらよいのかなどの話題も議論になっていました。

「The LIMIT」制作チームによるシネマティックVRのカンファレンス

今回私が最も興味を持ったのが、映画「デスペラード」や「シン・シティー」を制作したロバート・ロドリゲス監督が登壇し、現在制作しているVRアクション作品「THE LIMIT(原題)」の制作過程や手法の紹介などを行ったカンファレンスです。

ロドリゲス監督は「世界は次の世代のVRを待ち望んでいるかと思うが、今のVRシステムで本当に革新的な作品はできていない、まだまだやることがある。3Dの時もそうだったが、やってみないとわからないことがたくさんあるんだ。だからやってみたかったし、VR作品の制作はとても刺激的でエキサイティングだった」と言います。さらに、「映像制作のセオリーが今までとは異なることが多く、やってみて気づくことも多かった。例えば通常の映像ではズームレンズを使用するけど、VRではズームはうまく作用しない。ミドルサイズの画角で見せることがとても効果的なことが分かった。また、360度のVRだと、観客はまだ見逃した部分があるのではないかと気になって没入しづらい。さらに内容に没入してもらうため今回は220度のVRで制作している」といった話まで披露していました。

この作品はPOV(Point of View Shot)方式と呼ばれる一人称の主観視点で進行します。ロールプレイングゲームのように、観客は主人公になって、ハリウッドのトップ女優と一緒に飛行機から飛び降りたり、街の中の銃撃戦を通り抜けたりします。「POVはVRでこそ最も効果的に機能する」とロドリゲス監督が話していましたが、基本的には脚本に沿って進んでいながら、まるで実物の世界のように周りを見回すことができることで、まるで本当にスター女優と一緒にそこにいるかのような錯覚を得られるのです。このように観客が主人公になって映画を“体験する”(=「没入感」を高める)ことによって、観客とより深く「繋がっていく」ことが必要だと話をしていました。

確かに話の途中で紹介された映像を少し見ただけでも、リアルな体験のようでドキドキします。カットや展開が速く、「これは映画の世界だ」と頭で理解する前に、見えている世界に没入していく感覚は、新鮮でちょっと怖いくらいでした。

実はNEP制作の番組でも360度VRを利用したものがあります。世界一のジェットコースターなど驚きの映像です。ぜひ一度ためしに体験してみてください。スマートフォンやタブレットでご覧いただくとさらに楽しめますよ。
『世界“超驚き!”テーマパークの旅』(5月2日 総合テレビ放送)
http://www.nhk.or.jp/themepark/

「4K」と違い、「VR」はまだまだ進化の過程だと思いますが、そこには新しい映像世界があります。決定的なモデルがまだできていない今だからこそ、大きな未来があるはずです。
今回のMIPの「4K」や「VR」のセッションやカンファレンスに出席して心に残った言葉は「immersive=没入」です。今まで以上に映像コンテンツに観客が没入できる手段として、4Kや8K、立体音響、VRなどの技術を利用していくことが求められていくのだろうと感じました。

報告:編集部 長谷川 泰


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