ムシたちの“テクノロジー”のすごさを実感!

トンボ

ムシたちは、その小さな体に驚くべきテクノロジーを秘めていて、それを応用した様々な研究が世界で進んでいます。「ムシのテクノロジー」に目をつけた菅原ディレクター、小さな蚊の撮影をするために自ら蚊を飼育したという彼の苦労談を読めば、番組も一層興味深く観られますよ!


ムシや動物たちは、地球のあらゆる所に適応して生息しています。そのためにとてつもないテクノロジーを持っているって、ご存じでしたか? 人間が莫大なエネルギーを使って何とか実現できていることを、ムシは、とっくの昔から簡単にやっているんです。

4Kハイスピードカメラで撮影したカブトムシの飛翔

4Kハイスピードカメラで撮影したカブトムシの飛翔

ボアスコープ(虫の目レンズ)で撮影したギンヤンマの横顔

ボアスコープ(虫の目レンズ)で撮影したギンヤンマの横顔

そんなムシや動物に学んで、技術のブレイクスルーを起こそうと、いま世界中の研究者たちが躍起になっています。ドイツの世界的な工作機械メーカーや、フランスの航空会社、さらにはアメリカのとある研究機関や大学などは、ムシや動物の研究から新発明や斬新なアイデアを次々に繰り出して世界に名をはせています。

実は日本が「ムシ」分野に非常に強みを持っていると知ったのは去年、ある大学の先生を取材したときでした。以来、取材を続けると、出るわ出るわ、驚きのムシのテクノロジーとその応用の数々。中には“蚊”のように「刺されているのに痛みが無い不思議」など、よく知られているものもありましたが、研究内容は日進月歩、大幅にアップデートされていました。これは実に面白い、そして夢があると、いまNHKが力を入れている国際展開が前提の大型番組枠に応募しました。英語をほとんど話せないにも関わらず、です。そして、書類選考、面接を経て、最終選考に残りました。

この最終選考が、実に大がかりでした。NHKの各放送波の編集長(とってもエライ方々)に加えて、なんとイギリス、ドイツ、シンガポールなどから招かれた敏腕番組プロデューサー達からなる審査員の目の前で、プレゼンをするのです。しかも最終選考に残った企画ですから、どれもがすばらしい内容ばかり。当然、全作品が採択されるわけではありません。

そこでこのプレゼンのためにトレーラーと言われるPRのための短いVTRを制作しました。さらに、研究機関から「蚊から学んだ世界一細い針」を実際にお借りしました。この細い針を審査員に見せながら、「世に出すべき企画です!」とスピーチしたわけです。与えられた時間はたったの7分。VTRがありますから、話せるのは実質たったの5分程度です。
そして結果……見事に採用! しかもそのご褒美として、世界のプロデューサーから直々に助言がもらえました。さらには「この番組を見て、自分の明日に明るい未来が待っていると確信できること、楽しみにしています」とすばらしい言葉までもらえました。

その上さらに欲張って、国際展開の幅を広げるため『Tokyo Docs』にも応募。これは国際共同制作や番組購入を目的として、何十もの国や地域のプロデューサーが一堂に集まる、番組企画のプレゼンテーションの場です。ここでも優秀企画賞を受賞! フランスやデンマーク、台湾など、多くのプロデューサーが興味を持って、わざわざ私に話しかけにきてくれました。英語がたいして話せなくても、前向きな気持ちと、沢山の人のフォローのおかげで何とかなりましたよ!

と言うことで、 “蚊”や“トンボ”など特に私たちに身近な虫を取り上げて、その驚異のテクノロジーをとことん撮影する番組の制作が始まりました。撮影に使ったのは、ハイビジョンの4倍も解像度が高い「4K」カメラ。とっても小さいムシという被写体を、解像度の高い「4K」で余すことなく撮影しようという挑戦です。そして、ムシのテクノロジーの応用の最前線に迫り、それが変えていく私たちの未来を見つめます。

極めて小さく素早い被写体・ムシの撮影は、予想以上に困難でした。中でも大変だったのは、蚊の撮影です。撮影では、最新のデジタルマイクロスコープをメーカーから直接借り受け、暗いところでも撮影できる超高感度カメラで行いました。被写体があまりに小さいため、通常のカメラでは蚊が燃えてしまうほど照明を明るくたかないと、写らないからです。

被写界深度の実に深い最新のデジタルマイクロスコープで捕らえた顔のアップ 一般には電子顕微鏡クラスのサイズです 蚊の“髪の毛”って“金髪”なんですね

被写界深度の実に深い最新のデジタルマイクロスコープで捕らえた顔のアップ 一般には電子顕微鏡クラスのサイズです 蚊の“髪の毛”って“金髪”なんですね

4Kハイスピードカメラに超拡大レンズをつけて高速の飛翔を撮影。手足をダイナミックに広げても全長は1センチありません。ばっちりあったピントも、正面を向いた姿も、実は、積み上げた努力の実った奇跡のカットです

4Kハイスピードカメラに超拡大レンズをつけて高速の飛翔を撮影。手足をダイナミックに広げても全長は1センチありません。ばっちりあったピントも、正面を向いた姿も、実は、積み上げた努力の実った奇跡のカットです

蚊の撮影では、殺虫剤メーカーの研究所にご協力いただき、トータルで1,000匹ほどの蚊を提供していただきました。きちんと生かしておくためには、飼育が欠かせません。その蚊をうちに連れて帰って、飼育することにしました。これにはうちの子どももびっくりです。お父さんが毎日蚊にエサを与えるわけですから……。

しかも蚊は生き物です。私たちの思うようには動いてくれません。一日にワンカット撮影が成功できればいいところ。その上、「4K」という、ハイビジョンよりシビアなピントや美しさ、より一層の精度を要求するメディアであることも、苦労したことのひとつです。

例えばある日のことです。撮影用に私の腕を蚊に差しだそうとしたところ、「毛がすごいから、失格」とカメラマンから無情な一言が飛び出ました。「あれ? 私、そんなに毛深くないんだけどなぁ……」その場でひげそりを購入し、人生で初めて腕の毛をきれいに剃ります。そして、モニターをのぞくと今度は肌の汚さにスタッフ一同が騒然! そうか! なるほど! これが4K高精細の威力ということか?! まさか自分の腕の毛とシミで高精細カメラの威力を実感するとは想像もしませんでした。「シミのあまり無いところで撮影して下さい……」「言われなくてもそうするよ、フフフ」とほほえましいやりとりをカメラマンと交わしながら、日々、少しでも見栄えのいい肌で撮影していました。

「蚊の皮膚への着地」の撮影に臨む筆者

「蚊の皮膚への着地」の撮影に臨む筆者

この写真は、「蚊の皮膚への着地」の撮影を試みた時のものです。蚊に無駄な血を吸わせないため、かつ、ピントの問題で撮影場所を限定するため、腕全体にラップを巻いてごく一部だけ皮膚が見えるようにあけています。そして専用に作ったアクリルケース内に何十匹も蚊を放ちました。そこに我が手を差し出しつつ、満面の笑顔でカメラマンに記念写真をせがんだ一枚です。でも、それでも、ピントがびみょ~に合わないところにわざわざ着地するんですよ、あいつら(蚊)は……。

このように、あらゆる1カット1カットのために専用の「撮影ステージ(この場合だとアクリルケースの形状やサイズ、手のラップや固定方法など)」を発案し、作り、テストをして、組み直して、カメラやレンズや照明も見直して、修正して、それから本番撮影するという繰り返し。気の遠くなるような作業です。その上で、上手く撮れるかは蚊の気持ち次第。撮影はどんどん長期化しました……。結局、「お願いだから吸ってくれよ~」と蚊に懇願することになった毎日は、果たして報われたでしょうか?! あ、もちろん、出演してくれたムシは、蚊だけじゃありませんよ! 放送をお楽しみに!

番組のナビゲートは、『昆虫記』を遺した、かのファーブルという設定です。100年前に生きたファーブルは、むし眼鏡と顕微鏡くらいしかなくて「もっと見た~い!」「わからな~い!」と頭を抱えて観察を続けていたに違いありません。そんなファーブル役に津川雅彦さん、ファーブルを支える? “迷”助手・ピエール役に渡部豪太さんをお迎えしています。

ファーブル役の津川雅彦さん(右)と助手ピエール役の渡部豪太さん(左)

ファーブル役の津川雅彦さん(右)と助手ピエール役の渡部豪太さん(左)

しかもドラマ撮影は、普段は映画撮影をしているスタッフのみなさんにご協力いただけて、あこがれの東宝スタジオで行いました。「バラすのがもったいない」と涙しそうになったかっこいい美術セット、そして手だれのスタッフたちの活躍もあって、お二人のすばらしい演技にも熱がこもっていますよ。

ファーブルの研究室に見立てた美術セット

ファーブルの研究室に見立てた美術セット

それにしても取材を通じてつくづく感じたのは、私たちの足元には、まだまだ新発見と可能性が満ちあふれているということ。世の中って当たり前に見ていたことでも、本当にわからないこと、わかってないことの方が多いんです。この番組を見て、子どもたちにも大人にも、夢を持ってもらえたらうれしいですね。

(制作本部 情報文化番組 チーフ・プロデューサー 菅原健一)


番組タイトル

「ファーブルもびっくり! ぞくぞく発見! 夢のムシ技術」

1月6日(水)夜8:00~8:43 NHK総合テレビで放送
http://www4.nhk.or.jp/P3786/26/