時空を超える映像の未来を実験する―アルス・エレクトロニカ・フェスティバル “8K Vision, toward 2020”からの報告(前編)

2016年10月28日

NHKとアルス・エレクトロニカ・センターとの共同で、8Kテクノロジーを使った実験的な映像演出を試みた立花チーフ・プロデューサー。映像の未来の実験、そしてアルス・エレクトロニカ・フェスティバルについての報告を2回に分けてお伝えします。今回はその前編です。


皆さんは子どもの頃、「テレビ(ブラウン管)の中に人がいる」と思ったことはありませんか? 映像と現実の区別をしてなかった思い出は? どういうわけか私は、そういう記憶が薄っすらあります。あの小さな箱の中にどうやって人が入っているのか、どんな手品を使っているのか、考えても考えても分かりませんでした。
その頃のテレビは、暴れん坊将軍が白馬を走らせたかと思えば、阪神タイガースの甲子園中継がはじまり、アフリカの大地で生きる一家の生活にお邪魔した後に、アイドルのショーを見物することができました。子どもの心を瞬間移動させてくれる、不思議な装置でした。

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筆者

残念なことに最近はそんな風に感じることはなくなりましたが、そんな感覚が、ぶわーっと蘇ってきたのが、これから紹介する最先端のプロジェクト“8K Vision, toward 2020”です。

DeepSpace8K
オーストリア・リンツ市にあるアルス・エレクトロニカ・センターには、巨大な8K映像を映し出す「DeepSpace8K」という部屋があります。まずは写真をご覧ください。

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横幅16m×高さ9mの壁と床の全面に、8Kの映像がそれぞれ映る

この圧倒的な大きさの映像を、いわば映像のなかに入って浸るように体験できるのは、世界でもここアルス・エレクトロニカ・センターだけです。面白いのは、この空間で映像を見ることが、映画館でスクリーンを見たり、大画面テレビを見るのとはまったく違う体験だということです。

9月上旬、私たちはここに8K映像をいくつか持ち込んで実験を行いました。
ars electronicaこの映像の場合は、「自分は今、海の中にいて、足元にはサンゴ礁が広がり、マンタが悠々とおよぐ姿を呆然と見上げている」という、リアルな感覚に襲われます。

ars electronicaさらに驚くのが、映像の切り替わりです。さっきまで海中にいたはずなのに、あっという間に「自分は今、東京の上空を飛んでいる」と思い込まされてしまうのです。

ars electronica今度は、何百本ものひまわりの間を風が吹き抜けていく映像です。思わず、そよ風、土の匂いを感じ、虫の声まで聴こえてきそうな錯覚に襲われます。想像以上の没入感、臨場感です。

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クローズアップの映像に近づいてみたり、離れてみたり。観客は能動的に映像世界を探検できる。

8Kは究極の美しい映像と言われますが、じつは真価はそれだけではありません。8Kテクノロジーの特徴のひとつに、映像の密度が細かいために、それが映像なのか実物なのか、人間の目には区別がつかないということがあります。そんな8Kの特徴と巨大空間を組み合わせることで、人間の脳は「リアルな世界が現れた」と感じることが分かりました。しかも、映像を切り替えると、時間と空間がワープしたかのような、もう一つの効果を生み出すことも分かりました。

そこでは「時空を飛び越える」というSFやアニメの世界のような出来事を、最新テクノロジーを使って現実の世界で体験することができたのです。

私が子どもの頃、テレビに感じていた手品のような不思議な感覚が蘇りました。

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実験は9月8日~12日に開催されたフェスティバルの一作品として実施された

今回の実験は、年に一度開かれるアルス・エレクトロニカ・フェスティバルの中で行われ、ヨーロッパ各国から集まったアーティストやクリエーター、市民のみなさんと一緒に、この不思議な映像体験を共有することができました。

アルスは「アート×テクノロジー×社会」を使命に掲げるユニークなミュージアムで、展示だけでなく研究機能も持っています。NHKの公共メディアとしての活動と重なる部分があり、今回「DeepSpace8K」を借りて、NHKが近年アーカイブしてきた8K映像を活用した共同実験を行っています。

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現時点でこういう空間は日本には存在しませんが、2020年にこの空間でオリンピックの白熱した競技を体験できたらどうでしょうか? 自分が競技場やリングサイドに行って肉眼で見ているのと同じように、この部屋から勝負の行方を見つめることができたら? 次の東京オリンピックパラリンピックでは、そういう応援スタイルが実現しているのでしょうか。

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使い途はスポーツ以外にも広がるでしょう。これは映画館でもテレビでもない“空間”であり、その特性を活かした、新しい演出が発見されることでしょう。ポイントは、沢山の人が同じ体験を一度にできる「社会性」にありそうです。

【映像の未来】

今回のプロジェクトは、4Kや8K、VRを越えた“映像の未来”はどの辺にあるのか? を真面目に考える機会でもありました。アルス・エレクトロニカ・センターの別名は「Museum of the Future」。映像の未来を考えるのにふさわしい場所です。私が相談を持ちかけたアルスの某ディレクターは「テレビは四角の呪いに囚われていますよね」と笑います。なるほど、アルスのL字プロジェクションの空間は、呪いを解くひとつの試みでもあります。

映像の誕生から100年ちょっと、スクリーンと映像が世界にあふれているこの時代、映像メディアは一つの岐路に立っています。8Kのようなテクノロジーは私たちの未来、社会、歴史、公共にどう貢献できるのか、大きな視野で考えたいと感じます。

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フェスティバルのハイライト、ドローン100台が照明を搭載してダンスする、およそ10分間のパフォーマンス(「ドローン100」)

アルスとのディスカッションで、最後に「広場」というキーワードにたどり着きました。人々が集まれる場をつくるために、未来の社会では、映像が役割を果たせるのではないかと。「広場」という言葉は今も耳のなかで反響しています。漠然としたイメージですが、噴水や焚き火がある空間は人を受け入れ、出会わせる機能があります。そんな役割を映像が果たす空間。その映像は、街頭ビジョンに流れるものとはまた違うものでしょう。終わりも始まりもなく、シンボリックな佇まいの映像。あるいは、教会や寺院の中のような荘厳な時間を街の一角に作り出す映像。それがその街の顔になる空間を作る。たとえばそういうイメージが浮かびます。

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アルス・エレクトロニカ・センターがあるリンツ市の広場

一方でネット空間のなかに「広場」の機能を作る試みは、20世紀の終わりから盛んに続けられています。やがては、リアルな広場とバーチャルな広場が地続きになっていくのでしょうか? 帰国して渋谷駅前のスクランブル交差点で街頭ビジョンを見上げるたびに、フロンティアがあるはずだ、そんな思いを新たにします。

(後編に続く)


アルス・エレクトロニカ・センター

http://www.aec.at/about/jp/
DeepSpace8K(英語)
http://www.aec.at/center/en/ausstellungen/deep-space/
NHKの映像実験 “8K Vision toward 2020”(英語) ※今回のフェスティバル期間中だけの開催
http://www.aec.at/radicalatoms/en/deep-space-8k-nhk/

【報告】
NHKエンタープライズ デジタル・映像イノベーション チーフ・プロデューサー 立花 達史

【写真提供】
落合淳・渡辺琴美・川崎麻り子・森山朋絵

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