謎解きLIVE緊急対談 三宅陽一郎×イシイジロウ 「人工知能は天才犯罪者になれるのか?」

7月8日(土)午後7時からBSプレミアムで通算6作目となる「謎解きLIVE Episode2.5 『CATSと蘇(よみがえ)ったモリアーティ』」が放送されます。今回、推理倶楽部「CATS(Crime Attacking Team of Specialists)」の探偵たちの前に現れるのは、なんと人工知能の犯罪者! シャーロック・ホームズの宿敵であるモリアーティ教授が人工知能として現代に蘇ったという設定です。

CATSメンバー

浜野謙太、井之脇海、白石隼也、吉本実憂

なぜ、今回のドラマの犯罪者は人工知能なのか。人工知能をどうキャラクターへ落とし込んでいったのか。人工知能開発者であり、番組の人工知能について監修していただいた三宅陽一郎さんと、番組の原作をお願いしたイシイジロウさんに語っていただきました。


左から神部EP、イシイジロウさん、三宅陽一郎さん

左から神部EP、イシイジロウさん、三宅陽一郎さん

■人工知能は事件のトリックを「作り出す」ことはできない

イシイジロウ(以下、イシイ) 今回、人工知能の第一人者である三宅さんにご協力いただいて「人工知能のモリアーティ」が実現したのですが、監修をされていかがでしたでしょう?

三宅陽一郎さん(以下、三宅) まず、単純に犯罪者側が人工知能という設定が面白いですよね。人工知能が出てくるミステリー作品は、人間と人工知能がタッグを組んで一緒に事件を解決する、といったものが多いので。

――人工知能を専門に研究されている三宅さんとしては、フィクションとリアルの折り合いの付け方は難しくなかったですか?

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三宅 そうですね……、果たして人工知能が殺人事件のトリックを作ることができるのか、というところは正直ありました。人工知能って、人間が当たり前に持っている常識がないんですよね。今回モリアーティはそのような常識に基づいたトリックを使っているのですが、そこは実は今のリアルな人工知能は苦手とするところなのです。

――人工知能が苦手な「人間の常識」とは例えばどのようなものでしょう?

三宅 番組に出てくる内容とは関係ない範囲で例を出すと、「鏡の前に立つと自分の顔が映る」とか、「眠くなるとあくびが出る」とかです。誰もが考えるまでもなく当たり前だと思っていることが、人工知能にはわからない。推理モノで犯人がトリックを考えたり、探偵が推理したりするのって、そういった常識が盛り込まれているでしょう?

イシイ ああ、でもそういうことでしたら、僕の発想としては、モリアーティは「推理小説のデータベース」にすぎないので、自分でトリックを作っているわけではないんですよ。人工知能のモリアーティは、ホームズの小説をすべてインプットしていて、そのデータベースの中からトリックを引っ張り出してきている、という感じです。

三宅 なるほど。じゃあ「推奨型」の人工知能に近い発想なんですね。

――推奨型?

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三宅 今の人工知能には、エージェント型と推奨型があって、エージェント型は現実世界で一つの知能として活動できる人工知能です。対して、推奨型は膨大な知識のデータベースから解決案を提示するもので、Amazonの「この商品を買った人はこれも買っています」とか、Googleの「もしかして:○○」とかも推奨型の一種です。今の一般向けサービスの人工知能の95%はこの推奨型なんですよ。

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イシイ 「鏡の前に立つと自分の顔が映る」とか、「眠くなるとあくびが出る」といった常識がトリックに盛り込まれているとしたら、それはあくまでもモリアーティにとってはデータベースの引用なんです。決して常識を理解した上でトリックを作っているわけではない。なぜモリアーティをそのような設定にしたかというと、そもそも、ミステリー作品に出てくる事件って、現実味がないんですよ。あんな面倒くさいトリックを使ってまで事件を起こす犯人なんて現実にはいない。じゃあ、そういう犯人がいるとしたら……と考えたときに、今回のドラマのモリアーティのような、推理小説データベースの人工知能がいたら、推理小説みたいな事件を起こすんじゃないか、といった発想から始まっているんです。

■人工知能の喋り方にリアリティを持たせる

――人工知能をキャラクターに落とし込む上で、三宅さんはどういった工夫をされたのでしょうか?

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三宅 わかりやすいところで言えば、喋り方ですね。人工知能って、固有名詞の前後に少し間をとる喋り方をするんです。「僕はホームズを探している」というセリフだとしたら、「僕は ホームズ を探している」という具合に。

イシイ 固有名詞はディープラーニングしづらいんですよね。

三宅 そうです。今の人工知能はホームページからSNSまでインターネットであらゆるものを検索して学習して賢くなっていくので、喋り方についても音声ファイルを取り込んで進化していきます。ですが、固有名詞はほかと比べて事例パターンが少ないんです。
喋り方に限らず、人工知能は固有名詞に弱いんですよ。例えばミュージカルスターの話をしている中で「宝塚」と言われたら、人間は宝塚歌劇団のことだとすぐにわかりますが、人工知能は文脈を読めないので、兵庫の地名のことだと思ってしまう、なんてこともあります。
あとは、「~かもしれない」といった曖昧な口調も、人工知能っぽくはないので、監修の際に指摘させていただきました。

――でも、SNSなどに人間が書き込んでいるものを人工知能が検索して学習することで、そういった曖昧な口調も喋れるようになるといったことはないのでしょうか?

三宅 そういうのは、単語の間の相関を取って認識してしまうんです。例えば「壁から音が聞こえるかもしれない」という投稿なら、「壁 音 聞こえる」と人工知能は受け取ります。すべてがそのようにリアリティのある人工知能になってはいないかもしれないですが、番組放映時にはできる範囲で本物に近づいているはずです。

■空気は読めないけど、“空気読んでる風”の会話ならできる

――お話を伺っていると、思っていた以上に、人工知能が人間らしくなるのは今の技術ではまだまだ難しいのだと実感します。

三宅 人工知能は、ある部分はびっくりするような進化をして、ある部分は残念ながら期待されていたよりも全然進んでいないんです。現状、フレームが閉じられた世界に限っては、人工知能は人間よりもずっと賢くなっています。「フレームが閉じられた世界」とはつまり、囲碁のように、盤面はこうで、動かし方はこうで、とルールを定義した中で計算させるということ。実際、囲碁ではもう人工知能は人間を超えていますからね。ただ、先ほどお話した「曖昧な喋り方」、「文脈を読むこと」、「常識に基づいて推論すること」などはフレームが閉じられた世界ではないので、人工知能には全然できないのです。

イシイ いわゆる会話っぽい会話、というのが難しいんですね。

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三宅 ただ、会話のパターンを何百通りも覚えさせておいて、近いケースに当てはめることで、人間っぽく喋ることはできます。

イシイ “空気読んでる風”にはできるんですね。実際に読んでいるわけじゃないけど。

三宅 そうです。コミュニケーションのパターンをデータベース化しておく。深いところまで人間の真似をさせようとするのは難しいけど、浅いところで事例ベースで対応するということですね。今回のドラマでも、CATSの探偵三人と人工知能のモリアーティが会話をするシーンが出てきますが、そこではモリアーティはそのようなデータベースで対応しているのだと思います。

■「推理小説の事件なんて現実にはあり得ないじゃん!」に対するアンサー

イシイ なるほど。それにしても、こうして対談してみると、改めて「ミステリー×人工知能」を様々な側面からちゃんと落とし込めているなあ、と我ながら思います(笑)

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三宅 すごく今っぽい人工知能の形だとも思うんですよ。かつての人工知能って、まずロボットがあって、そのロボットに人工知能を搭載しよう、という発想で作られていたんです。今はそれが逆転していて、コンピューターの中で人工知能が育まれて、それを外に出す、という流れなんですよ。今回のドラマのモリアーティは、もともとコンピューターの中にいた人工知能が、あるキャラクターの立体映像(MR)として主人公たちの前に現れます。この表現の仕方がすごく今風だと思いました。
また、人工知能が人間社会の中に入るには、物を売って経済を動かすストーリーテラーのような存在にならなければいけないと僕は思っているのですが、そういう意味でもモリアーティはこれからの人工知能のあるべき姿を示唆していますよね。モリアーティはCATSの探偵三人を刺激するような物語(事件)を提示したわけですから。

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イシイ ミステリー作品って、罪を犯す人と解く人が両方いて初めて成立するものなので、犯人の役回りはまさに「ミステリーを作るストーリーテラー」なんですよね。そこの部分が、人工知能とうまくマッチしてよかったと思います。今回のドラマは「推理小説に出てくるような事件なんて、現実にはあり得ないじゃん!」というツッコミに対してのアンサーであり、メタテーマになっています。ストーリーを作る人工知能が存在することによって、SFでありながら、ミステリー作品のリアリティを生むことができたので、そういう作品性も楽しんでいただけたらと思います。

(取材・文/朝井麻由美)


イシイジロウ(原作) ゲームクリエイター
原作・脚本家としてゲームからアニメーションまで幅広く活躍
謎解きLIVE・美白島殺人事件では推理ゲストとして出演
『428 〜封鎖された渋谷で〜』『アニメ モンスターストライク』
『文豪とアルケミスト』など

三宅陽一郎(人工知能監修) 人工知能開発者
人工知能技術を用いたゲーム開発の第一人者
『人工知能のための哲学塾』『絵でわかる人工知能』
『人工知能の作り方』など


お二人の対談は、番組や映画の中で描かれる人工知能の話題から、人間らしさとは何かなど、興味深く尽きることなく続きました。かつてアイザック・アシモフは「ロボットは人間に危害を加えてはならない。人間にあたえられた命令に服従しなければならない。」などのロボット三原則を唱えましたが、今のAIの時代をどう読み解くのでしょうか・・・・。

「謎解きLIVE Episode2.5『CATSと蘇ったモリアーティ』」は7月8日(土)BSプレミアム「シャーロックナイト」の中で放送されます。ぜひご覧ください。

番組ホームページ:http://www.nhk.or.jp/nazo/

シャーロックナイト 7月8日(土) BSプレミアム
・午後7時~ 謎解きLIVE Episode2.5『CATSと蘇ったモリアーティ』事件編
・午後8時05分ごろ~ ホームズとワトソンのただならぬ夜
・午後9時35分ごろ~ 謎解きLIVE Episode2.5『CATSと蘇ったモリアーティ』解決編
・午後10時~ SHERLOCK 4 第1回「六つのサッチャー」

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最後は仕事外でも交友のある朝井麻由美さんを囲んで記念写真!

制作本部 番組開発 エグゼクティブ・プロデューサー 神部恭久